鏡の中の七月

1-諍い

「おい、てめぇ。あれ はどういうことだ」

 一人の青年が複数の人間に囲まれていた。明らかに多勢に無勢だが、教室に大勢いる生徒たちは誰も助けに入らない。そればかりか、彼らに目を合わせようともしない。
 誰もが関わりたくないのだ。青年を囲んでいる奴らは、たちの悪い不良たちだ。だから、下手に絡んで怒りの矛先を自分に向けられたくないのだ。

「な、なんのこと」

 青年は、声を震えさせて問い返す。

「あっ、昨日のことだよ。お前がやったんだろ」
「えっ、あっ」

 何か思い当たったのか青年は激しく動揺する。

「あれは僕じゃない。僕じゃないんだ」

 と、突然うわごとのように同じ台詞を繰り返し始めた。

「僕じゃないだと、どういう意味だ」
「僕じゃない、僕じゃない。あれは僕じゃ……」

 青年には、声が届いていないのか、同じ台詞の繰り返しが続く。

「ふざけんなよ、てめぇ」

 しびれを切らした一人が胸倉を捻りあげた。

「…ない。あれは、僕じゃ……」

 それでも、青年は同じ台詞を繰り返す。

「あっ、しらばくれんじゃねぇよ」

 教室に、何か鈍い音が響きわたった。黒沼は、そのせいで目が覚めた。最悪の分類に入いる寝起きだ。昨夜は、珍しく徹夜をしてしまった。だから、非常に眠い。本当は、一日中寝て過ごす予定だった。けれど、起こされて黒沼はここにいる。それだけでも気分が最悪のところにこの仕打ちである。休み時間くらい静かにしろ。そう黒沼は、心の声で悪態をついた。そして、また寝ようとしたところに、

「ねぇ、裕樹」

 と、司の声が聞こえ、身体を揺すられる。安眠妨害も甚だしい。寝たふりをしてやりすごそうかと黒沼を考える。けれど、言葉も動きも止まらない。仕方がないので、突っ伏していた顔を持ちあげて声をかけた。

「なんのようだよ、司」

 どうしても、不機嫌な声を出してしまうが、

「ねぇ、あれ止めた方がいいんじゃないかな」

 と、のんびりとした声で司は返答する。

「あっ、あれってなんのことだよ」
「あれは、あれ」

 目をこすりつつ、司が指し示すほうを向いてみる。そこには、知っている顔ぶれが並んでいた。同じゼミの不良連中だ。毎度、問題を起こす馬鹿どもだ。そんなことで、いちいち声をかけられても困る。ため息をつきつつ、黒沼は悪態をついた。

「また、あいつらか。いつものことじゃないか」
「もう、そうじゃなくて。真ん中にいる人見てよ」

 司は、悪態にめげずにゆったりと答える。

「真ん中にいる人?」

 ここにきて、黒沼は初めて喧嘩の中心で倒れている人物を見た。そこにいたのは、よく知る人物だった。南七月――親友とも言えるやつだ。黒沼は、やっとことの重大差に気がついた。

「な、何があったんだよ」

 性急に答えを得ようと問いを放つ。

「さぁ、何があったんだろう」

 けれど、いつも通りにのんびりと答えが返ってきた。黒沼は、その雰囲気にいら立ちを覚えたが、喧嘩を止めるためにもその場から動きだした。

2011-02-25 01:28:00( 更新 2011-02-25 01:28:00 )